大塚製薬が幻覚剤企業を買収|サイケデリックとM&Aについて解説

こんにちは、CANNABIS INSIGHTです。

2023年9月1日、大塚製薬は、精神神経疾患領域の強化を目的として、マインドセット社(Mindset Pharma, Inc.)の買収を発表しました。本記事では、今回の買収の詳細について詳しく説明します。

今回の買収は、大塚製薬が精神神経疾患領域にて、新たな治療法の開発や研究を加速させることを目的としています。買収完了後、大塚製薬はマインドセット社の持つ技術やノウハウを活用し、新薬開発を推進していくものとみられます。

目次

なぜ大塚製薬がサイケデリック?

マインドセット社について

出展:マインドセット社 – ロゴ

マインドセット社は、神経精神医学的および神経疾患の治療を目的とした、新規で最適化された次世代のサイケデリックおよび、非サイケデリック薬の開発に注力している製薬会社でした。特に高いアンメットニーズを持つ疾患に強みがありました。

アンメットニーズ:
医療分野における「アンメットニーズ」とは、満たされていない医療ニーズのことです。治療法が確立されていない、または既存の治療法では効果が不十分な病気や症状を指して、「アンメットニーズが高い」と表現されます。

より具体的には、「ファミリー6」として知られる、非幻覚性の新規の非トリプタミン化合物を開発していました。

これは、従来のサイケデリック薬とは異なり、幻覚作用を引き起こさない新しいタイプの化合物であることを意味します。ファミリー6は、シロシビンや5-MeO-DMTよりも強力な5-HT2Aアゴニストであるにもかかわらず、幻覚作用の主な兆候である頭部単収縮反応をほとんど、または全く引き起こさないことが、前臨床試験で示されています。

アゴニスト(Agonist):
受容体に結合して活性化し、特定の生理的反応を引き起こす。この場合はセロトニンではないが、セロトニン受容体に結合する物質を指す。

この化合物は、前臨床試験の結果に基づき、2件の国際特許出願(特許協力条約に基づく)が行われています。 これらの出願により、ファミリー6のすべての医薬品候補について、Mindset社に予備的実験の自由が与えられていました。

ファミリー6は子供や高齢者などの脆弱な患者群を含む、より幅広い患者集団を治療できる可能性を持ちます。また、サイケデリック効果を軽減または排除することで、クリニックでの監督が不要になり、治療費用の削減と利便性の向上が期待されます。

買収の背景・目的・展望

大塚製薬は精神神経疾患領域を重点治療領域の一つとしており、これまでにも抗精神病薬の開発に注力してきました。例えば大塚製薬が “レキサルティ®(一般名:ブレクスピプラゾール)” という抗精神病薬を開発し、世界各国で展開していることが報告されています。

レキサルティ® は、大塚製薬が創製した独自の薬理作用を有する化合物で、統合失調症やうつ病・うつ状態の治療薬として承認されています。また、アルツハイマー型認知症に伴うアジテーションの治療薬としても、米国で承認を取得し、日本でも承認申請中です。

以前より、大塚製薬はマインドセットの開発初期段階より資金と運営の両面で支援していました。2022年での投資額は500万米ドルで、新規医療用サイケデリック化合物ファミリーの開発をフェーズ1aおよびフェーズ1bの臨床試験を通じて支援するために行われました。

今回の買収による完全子会社化で、大塚製薬はマインドセット社が保有する革新的な化合物と合成プロセス(幻覚作用を持たない5-HT2Aアゴニストのサイケデリック)を手に入れることで、精神疾患に対する新しい治療法の提供を強化したいと考えています。買収額は80百万カナダドルと報告されています。

今回の買収により、大塚製薬は北米および欧州における新薬開発をさらに推進し、精神疾患治療におけるリーダーシップを確立することを目指しています。まだ薬理効果の詳細を確認することはできませんでしたが、買収に踏み切るスピードをみるに有望な治療薬である可能性があります。

サイケデリックと疾患

セロトニン仮説

サイケデリック研究の裏には、セロトニン仮説という考えがあります。うつ病が脳内のセロトニン不足によって引き起こされるという考え方です。

この仮説は、1960年代に提唱され、1990年代にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ薬の登場により広く支持されるようになりました。SSRIは、シナプス間隙におけるセロトニン濃度を高めることで、うつ病の症状を改善するとされています。

これが精神疾患治療薬の開発においてセロトニン関連の因子が標的になってきた理由のひとつです。

セロトニン仮説の限界:
近年ではセロトニン仮説の妥当性に疑問をつきつける研究もあります。例えば、うつ病患者におけるセロトニン代謝産物の濃度測定や、トリプトファン枯渇実験において、期待された結果が得られなかったことが報告されています。また、SSRIの効果が現れるまでに数週間かかることから、セロトニン濃度の単純な増加がうつ病の治療に直接的な影響を与えているわけではない可能性も指摘されています。

セロトニン受容体とサイケデリックの関係

サイケデリック薬が精神疾患に効くと考えられるのは、5-HT2A受容体に対する作用が大きな要因です。マインドセット社もセロトニン受容体「5-HT2A」を薬品開発のターゲットにしていました。幻覚作用を持つ物質が作用するタンパク質のひとつです。革新的なのはそれをターゲットにしつつも幻覚作用を及ぼさないという点。

脳内の5-HT2A受容体はセロトニンという神経伝達物質を感知し、気分や知覚に影響を与える重要な役割を持っています。また気分調節だけでなく、長期的な記憶や認知機能にも関与していることが知られています。

5-HT2A受容体の異常は、統合失調症やうつ病、強迫性障害などの精神疾患と関連していることが報告されています。これに基づき、5-HT2A受容体を標的とした薬剤が、これらの疾患に対する新たな治療法として注目されています。

研究によれば、サイケデリック薬(シロシビンやLSDなど)がこの受容体に作用すると、陳述記憶等が強化され、患者は意識や気分の変化を経験します。この意識の変化は、自己の再評価やトラウマの再処理を促進するため、PTSDや強迫性障害の治療においても有効である可能性が示唆されています。

陳述記憶:
記憶を具体的に言語やイメージで表現できる記憶で、自分が時間的、空間的に経験した出来事の記憶であるエピソード記憶と、学習することで獲得した知識である意味記憶に分けられます。
参考:交通事故サポートセンター

まとめ

2023年9月1日、大塚製薬のマインドセット社買収。これは精神神経疾患の治療をさらに進化させるための大きな一歩です。マインドセット社が開発している「ファミリー6」は、幻覚作用を抑えた次世代の薬で、より多くの患者が負担なく治療を受けられる可能性が広がります。この買収によって、大塚製薬は新たな治療法を加速させ、精神疾患分野でのリーダーシップを強化していくでしょう。

参考資料

※本記事は、日本国内ならびに国外での違法行為を助長する意図はありません。
この記事の内容は、あくまで読者の皆様のリサーチや学習の一環として提供しています。
法律に関する最新情報は各国の公式サイトをご確認ください。

編集者

Takaomi Akagiのアバター Takaomi Akagi CANNABI INSIGHT代表/編集長

CANNABIS INSIGHT 編集長。2022年にメディアを立ち上げ、国内外のCBD・大麻産業を政治、経済、ビジネスという観点から取材・分析。日本国内のCBD市場調査レポート『CBD白書』の編集発行をはじめ、年間ニュースを俯瞰する企画『大麻・CBDニュース総選挙』を主宰・運営。CBDジャーニー、カナコン等の業界カンファレンスやコミュニティでの登壇・モデレーション、事業者向けの寄稿・解説を通じ、大麻・CBDについての社会的意義や経済可能性を調査しています。

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