今回は、重度な薬物使用者に向けて行われる「ハームリダクション」について解説します。日本では薬物使用者に対して、スティグマ(「差別」「偏見」)が強く、薬物に対して厳しい姿勢を見せています。しかし、世界を見渡すと重度な薬物使用者に対して様々な対策やアプローチが存在していることがわかります。
ハームリダクションとは?
ハームリダクションは、薬物の使用を完全にやめさせることではなく、薬物使用によるリスクを少しでも減らすための方法です。
薬物使用者が自分の健康や安全を守りながら、自分のペースで生活を改善していけるようにサポートするのが目的です。この方法は、薬物使用に対する偏見を減らし、地域全体の健康を高めることを目指しています。
ハームリダクションの具体的な方法
ハームリダクションは、薬物使用者のニーズに合わせて柔軟に変化する実践であり、画一的な定義やガイドラインはありません。しかし、いくつかの具体的なプログラム内容が挙げられています。
-
注射器交換プログラム
1980年代のHIV/AIDS危機をきっかけに始まったこのプログラムは、清潔な注射器を提供することで、HIVや肝炎などの感染症の予防を目指しています。当初は法律の枠外で行われていましたが、感染症対策として徐々に認められるようになりました。しかし、アメリカでは注射器購入のための連邦資金使用が今でも禁じられています。 -
過剰摂取防止プログラム
オピオイド(強力な鎮痛剤)の過剰摂取による命の危機を防ぐため、呼吸を回復させる薬「ナロキソン」を配布するプログラムです。2021年には、地域での利用を増やすために、3,000万ドルの助成金が支援として提供されました。ナロキソンの普及によって、過剰摂取による死亡率の大幅な低下が期待されています。 -
フェンタニル検査ストリップの配布
違法薬物に混入されやすい危険な薬物「フェンタニル」が入っているかを確認するためのストリップ(検査用紙)を提供するプログラムです。近年、このフェンタニルの混入による過剰摂取が増加しており、この取り組みが注目されています。 -
その他のサポート
他にも、以下のようなサービスが提供されることがあります。HIVや肝炎の予防や検査、治療の紹介ワクチン接種や予防教育の提供安全な注射の指導や必要な物資の提供(消毒液など)フードや水の支給等。
ハームリダクションの歴史
ハームリダクションは、米国の薬物政策と深く関わりながら発展してきました。1980年代のHIV/AIDS危機を背景に、薬物使用者が感染リスクを減らすために注射器交換プログラムを導入することから始まりました。これは当初、法律の枠外で行われ、多くの活動家が逮捕や投獄のリスクを抱えていましたが、HIV/AIDSの深刻化に伴い、公的支援が少しずつ増えていきました。
1998年には、米国保健福祉長官がハームリダクションの効果を認め、安全で有効であると結論付けました。しかし、依然として注射器購入への連邦資金の使用は禁止されており、ハームリダクションプログラムの発展には制約があります。また、米国の薬物政策には、薬物使用者に対する道徳的批判や偏見が根強く、薬物使用を取り締まる政策が長らく続いています。こうした背景から、薬物政策や治療は今も禁欲主義的な傾向を残しています。
まとめ
ハームリダクションは0か100かではなく、段階的なアプローチを採用した薬物使用に関連した医療プログラム・行為です。薬物に関しての科学的・社会的な知見が蓄積している現代ではどのような方策がよりよい効果をあげるのでしょうか。議論を重ねていくことが重要だと考えます。
参考文献