本記事は、三重県で産業用大麻(ヘンプ)の栽培に取り組む現場取材をもとに構成した〈取材編〉です。
栽培現場や法規制の整理に加えて、今回は「現場を動かしている人」と「事業として何をやっているのか」に焦点を当て、ヘンプイノベーション代表の菟田中子さんに話を伺いました。
同社が掲げるのは、ヘンプを通じて環境課題や社会課題の解決に挑むという大きな理念。その一方で、今の日本ではサプライチェーンが十分に整っておらず、栽培から加工、販売までを自ら担わざるを得ない局面も多いといいます。
そうした状況の中で同社は、産官学連携のプロジェクトに参画しながら、ヘンプシードオイルや麻茎茶(麻績茶)、七味など、“日常に入るヘンプ”を形にする取り組みを進めています。なぜ菟田さんはこの領域に入り、どんな問題意識を持って現場に立ち続けているのか。
そして、ヘンプ産業が日本で根付くために、いま何が足りないのか。
本インタビューでは、事業の全体像と活動背景を、できるだけ具体的に紐解いていきます。

2011年3月東日本大震災を機に石巻で復興支援活動に従事、2012年8月宮城県に特定非営利活動法人メディアージを設立、現在も理事長を務める。
2013年7月から6年の国会議員秘書を経て、2019年7月より一般社団法人伊勢麻振興協会のメンバー、及び2022年より一般社団法人麻産業創造開発機構 理事として、日本の大麻生産の規制緩和を求めてロビー活動を展開。多くの院内勉強会の運営に携わる。
2022年12月ヘンプイノベーション株式会社取締役に就任。
2023年12月代表取締役CEOに就任。
CANNABIS INSIGHT代表/編集長。2022年より国内外のCBD市場、ニュース、規制動向、政治、経済・ビジネスに関する情報発信メディア「CANNABIS INSIGHT」を運営。日本国内のCBD市場調査レポート「CBD白書」発行、麻・CBDのニュースを振り返る「大麻・CBDニュース総選挙」運営、CBDジャーニー・カナコン登壇などを行う
ヘンプイノベーション株式会社とは? - 理念と天津菅麻プロジェクト –
赤木 孝臣菟田さん、本日はありがとうございます。
現地の視察もさせていただきましたが、改めてヘンプイノベーションさんの企業理念と今どのような活動をされているのか、お聞かせいただけますか。



もともとの創業理念は、ヘンプを使って日本、そして地球の環境課題を解決したい、というものでした。
正直、かなり壮大なビジョンだと思っています。



地球規模の環境課題を解決しようと思うと、相当な面積で麻が栽培されて、ある程度の生産規模、存在感がないとインパクトは生まれません。
それを一企業でできるかというと、できない。社会全体、日本全体、世界全体で取り組むテーマだと思っています。
ただ、ヘンプを使えば環境課題や社会課題の解決につながる、というスローガン的な考え方は、今も大切にしています。



その理念を前提に、今はどんな取り組みをされているんですか。



大きく分けると、2つの柱があります。



一つ目が、産官学連携で進めている「天津菅麻(あまつすがそ)プロジェクト」です。
2023年、政府では大麻取締法改正の議論が進む中、三重県では国に先んじて麻産業の振興を目指す『産学官連携 伊勢麻振興プロジェクト』が発足し、今年3年目となる同プロジェクトでは産業用大麻をめぐるさまざまな取り組みが動いています。今回取材したヘンプイノベーション株式会社も実行団体のひとつとして、「天津菅麻(あまつすがそ)プロジェクト」に参画しています。
産学官連携伊勢麻興プロジェクト
「天津菅麻(あまつすがそ)プロジェクト」~大麻でGX宣言~三重県では、2023年12月に成立した「大麻取締法改正」に先んじて、県の大麻取扱指導要領を改訂し、THCの含有値が極めて低い大麻であることを前提に、今まで厳しかった大麻の栽培場所等の規制の要件緩和に加え、栽培目的を伝統神事に限らず、大麻を活用した研究開発や産業利用にも拡大する画期的な方針を打ち出しました。
こうした流れから、明和町内の公有地や農地で大麻を生産して、麻に関する歴史文化の継承と農業としての麻生産の確立および明和町内で麻産業の振興を目指す『産学官連携伊勢麻振興プロジェクト』〜大麻でGX〜がスタートしています。
引用:産学官連携伊勢麻振興プロジェクト「天津菅麻(あまつすがそ)プロジェクト」~大麻でGX宣言~/明和町ホームページ – 多気郡
X(グリーントランスフォーメーション)とは、脱炭素社会の実現に向けて、産業構造やエネルギー利用の在り方そのものを転換していく取り組みを指します。日本では政府が「GX実行会議」を設置し、2050年カーボンニュートラルの達成を目標に、再生可能エネルギーの導入、資源循環、環境配慮型素材の活用などを柱とした政策が進められています。
こうした文脈の中で、近年あらためて注目されているのが産業用大麻(ヘンプ)です。大麻草は生育が早く、栽培期間中に多くのCO₂を吸収するとされており、植物資源として高い環境性能を持つ作物のひとつです。加えて、農薬や化学肥料への依存度が比較的低い点も、環境負荷低減の観点から評価されています。
ただし、日本では長らく大麻取締法による厳格な規制が存在し、栽培・加工には明確な許可と管理体制が求められてきました。近年の法改正によって制度は整理されつつあるものの、GXの文脈で産業用大麻を本格的に普及させていくには、制度理解と現場での実装の両立が不可欠です。
GXという大きな政策目標と、産業用大麻という具体的な作物。その交点にこそ、いま日本各地で始まりつつある実践的な取り組みの意味があります。



明和町としては「天津菅麻(あまつすがそ)プロジェクト」を通して、地域が持っている魅力を再発掘して、新しい産業につなげたいという目的があります。



ヘンプイノベーション株式会社ではこれらのプロジェクトと連携し、弊社が持つリソースや大麻草栽培に関する知見を活かしていきたいと考えています。



麻は植物の中でもCO₂吸収量が最も高いと言われていて、2050年のカーボンニュートラル、いわゆるGXの文脈でも可能性がある。
明和町としては、ネガティブエミッションに麻で貢献できないか、という社会実験でもあります。



麻の可能性…!
天津菅麻(あまつすがそ)プロジェクトの動きがあることも三重県で大麻草栽培の活動が盛んなんですね。



地域の歴史との関係についていかがでしょうか。



そうですね。
この辺りは、もともと「麻を績(う)む郷」と書いて「麻績(おみ)郷」と呼ばれていた地域です。麻を育て、麻糸を績み、麻布の織る麻繊維を生業としてきた歴史があります。



その伝統的な価値を再発見しつつ、過疎化や産業の空洞化が進む中で、新たな産業が生まれたらいいよね、というのが大きな狙いです。
現在は、明和町を含めて8団体が参加してプロジェクトを進めています。
ヘンプイノベーション株式会社とは? - ヘンプの活用 –



もう一つの柱とはなにになるのでしょうか。



自社事業としてのヘンプの活用です。
現時点では、「食」と「繊維」の二つを軸にしています。



ヘンプに関する「食」というのはどのようなものになりますか?



まず食の分野では、ヘンプシードオイルを製造しています。
ヘンプシードオイルは、加工免許を取得して、自社で搾油しています。
国産の在来種から取れるオイルは、輸入品とは味が違って、優しい風味があるんです。飲んだ方からも「美味しい」と言っていただけることが多いですね。
化粧品のキャリアオイルとしても相性が良くて、そういった可能性も感じています。



実際に商品としても展開されていますよね。



はい。
「麻績茶(おみちゃ)」という商品も作っています。麻の繊維がついたままの茎を焙煎して、ティーバッグにしたものです。
初めて飲むのに、なぜか懐かしい、落ち着くなどとご評価いただいてます



あとは、八幡屋磯五郎さんとのコラボで、麻の実を使った七味唐辛子も作っています。
麻の配合率が高くて、ちゃんと麻の風味がする七味です。
明和町のふるさと納税の返礼品にもなっています。
他にも、栄養価が高くて美味しい麻食品の提案を今後もしていきたいと考えています。
七味唐辛子の老舗として知られる八幡屋磯五郎では、七味の原料のひとつでありながら、これまで唯一国産化が実現してこなかった「麻種(オタネ)」に着目し、その国産化に向けた取り組みを進めています。



次に、繊維分野は「麻糸績み」の機械化から、「大麻布」の復活をしたいと考えております。
かつて、この明和町は麻績郷と呼ばれ、麻を栽培し、麻糸から麻布まで生産地であったと言いました。
麻績糸(おうみいと)から織られた大麻布は、通気性があり、吸水性が高く、かつ速乾性があるという非常に優れた機能性を有する植物繊維です。さらに抗菌性、消臭力もあるなど良いことづくめの繊維だということがわかっています。だから日本人は大麻の繊維を日常的に使ってきたのでしょうね。
しかし今は、植物の繊維は綿状に加工して機械紡績する手法が主流なので、麻茎から長繊維を取り、細かく繊維をほぐして、その繊維一本一本の端を端をつないで糸にしていく「麻績(おう)み」という技術は、ほとんど忘れ去られた古の技法です。
この糸作りを機械化できないか、ということにチャレンジしています。
ヘンプ業界とファーストペンギン



一方で、現地を見ていると、栽培から加工、販売まで、ほぼ全部やられている印象を受けました。



本来であれば分業したいです。
でも、日本には麻のサプライチェーンがほとんどありません。
原料を作っても加工先がない。
加工しても販売を任せられる規模にならない。
結果として、上流から下流まで一気通貫でやらざるを得ない。



まだまだ大変なフェーズですね。



正直、簡単ではないです。
特に現在の製品におけるTHCの残留値10ppmという基準は、現場の製造工程の実態からするとあまりに厳しく、企業が製品開発に踏み出すこと自体を難しくしています。この基準が、結果としてあらゆる意味で商品化の可能性を奪ってしまっているんです。
この業界は、いわゆるファーストペンギンの段階だと思っています。最初に飛び込む人は、溺れながら道を作る。
だからこそ、自分たちがまずやってみて、課題も含めて可視化していく必要があると思っています。



(ヘンプ業界のファーストペンギン…)
なぜ菟田さんはヘンプ業界に?



ここまで事業や業界の話を伺ってきたんですが、
正直なところ、菟田さんご自身のモチベーションがどこから来ているのかが、すごく気になっていて。
さきほど個別には少し聞いたんですが、
改めて、なぜこの業界にここまで深く関わるようになったのか、
その原点を聞かせてもらえますか。



私自身、神主の家系に生まれており、小さい頃から「大麻」と言われて思い浮かぶのは、神社のお神札でした。
神宮大麻って言葉は聞いたことがあると思いますけど、
あれは伊勢神宮の天照大御神のお神札だから、神宮大麻と呼んでいるだけで、基本的に、どの神社のお神札も「大麻」なんです。
だから、私の中では「大麻=神社のお札」
これが最初に刷り込まれているイメージなんです。



なるほど…



本当に小さい頃から、
大麻と言われたら、神社でもらってくる、ありがたい御神符のことしか思い浮かばなかった。
今でも正直、最初に思い浮かぶのはお札です。
それが、ある程度大きくなってから、
「あれ? 大麻って、世間では違う意味で使われてるぞ」
って気づいたんですよ。



逆ですね。多くの人とは。



そうなんです。
多分、世間一般では、
大麻=違法薬物、マリファナ、っていうイメージが先にあると思うんですけど、私の中にはそれが一切なかった。
だから、最初にそれを知ったときは、
「え?なんで?」
って、純粋にびっくりしたんですよ。



そこからだんだん、強い違和感を持つようになりました。
日本では、昔から麻が使われてきた。
神社の祭祀には、精麻と呼ばれる麻の繊維が欠かせない。
それがなければ、祭祀自体が成り立たない。
なのに今は、精麻を作る人がほとんどいなくなって…



「麻は、日本にとってそんなに軽い存在だったのか?」
という疑問が、ずっと自分の中に残りました。



違和感が残ったということですね。



そこから、「麻の名誉を回復したい」
という思いが、ずっとありました。



その後、国会議員の秘書を経験しました。
その中で、永田町や官僚をはじめ、制度や行政に関わるさまざまな人たちとつながりを持つようになります。
そうした経験を通じて、
現場で起きていることと、制度の間にあるギャップを強く意識するようになりました。



ちょうど三重県の規制が、国よりも先に緩和されたタイミングもあり、
ヘンプイノベーションとして、大麻草の栽培免許を取得することになります。



制度の中に入って変えようとした、と。



そうですね。
法律が変わったからといって、産業が自然に残るわけではない。
だから、
伝統を守るだけではなく、
日常の中に麻がある社会をつくらないといけないと思いました。
そのために、
あえて一番難しい「産業化」を、自分が引き受けようと決めたんです。



なるほど…
菟田さんの熱い、想い伝わりました。



これらの想い、背景から現在の活動を行なわれているのですね。
本日のインタビューを通じて菟田さんの想いが聞けてよかったです。



本日は貴重なお話を聞かさせていただきありがとうございました!



こちらこそ、ありがとうございました!
まとめ
大麻産業は、まだ始まったばかりです。
正解も、成功モデルも、まだありません。
それでも制度の内側に入り、現場で手を動かしながら「続く形」を模索する人がいる。
今回の取材は、日本のヘンプ産業がどこに立ち、どこへ向かおうとしているのかを考える、ひとつの手がかりになりました。
取材協力:ヘンプイノベーション株式会社









